我らは生まれずに死んでいく

精神は悪い方向へと進んでいる。私はそれを知っている。終わりである。終末。

透明な存在のまま曖昧に呼吸を続けて、その先に何があるのか。

人間に価値をつけていく社会がつらい。こっちの社会では価値があっても、あっちの社会では価値がない。両方の社会で価値のある者もいる。

人間に価値をつけていく社会の価値は一体いくらだろう。

ほとんどの社会は、私のことを知らない。認識されないものは存在しているといえるだろうか?

このPCには様々な部品が使われており、しかしそれは普段認識されていない。透明。

全員がPCに使用されている部品をすべて答えられるわけではない。だが存在はしている。存在しているからこそ動いている。

それでも私は透明のままでいることがつらい。存在しているだけではだめだ。認識してほしい。

自分で自分のことがわからないから、外部へ認識を託している。

こうして、文章を書いて少しばかりの認識を得る。

 

私は、私と同じ人間が欲しかった。理解し、様々な概念を共有できる人間。

それを手掛かりに自分を認識したかった。

双子の姉か妹がいたら、どんな人間になるのだろう。どの程度差異が出るのだろう。

同じ境遇の中で、つらさや思考を共有できるのだろうか。と何度も考えたことがある。

物理的にも、精神的にも独りぼっちにならずに済んだだろうか。

 

もしかしたらこの人は私と同じ存在ではないだろうか?と感じる人間を見つけて嬉しくなっても、その人間と私には決定的な相違点がある。

そうしてその人は透明ではないように見えて、私は結局、透明のまま。

承認されないことはつらい。

 

私は、私のつらさが理解されないことを知った。他の人間にはどうして私がそんなにもつらくてうまく振る舞えないのかわからないらしい。

 

その他大勢の人間たちのことを理解できないと思いながら、私のことを理解してほしいと叫ぶ。

そんなこと、無理なんだよ。その他大勢の人間はお前を理解しないよ。

 

私は、一般的な人間というものを模倣しようとしていた。今もその癖は抜けない。

それこそが透明になっていく行為なのでは?と今になって思う。

しきさんからは偏見を感じないから安心できますね。と言われたことがあったが、それは私が透明だからだ。

私は害のない人間ですよ。と振る舞っているからに過ぎない。

あなたはこの問題を他人事のように思っているでしょう。と言われたこともある。

本当に、それは私の問題ではなかった。問題をみんなで共有しましょう。あなたはどうして共有しないの?と言われているのだ。

私は人間のフリをするため、その他大勢の人間たちと同じように共有しようとしているつもりだったが、偽物でしかなかった。

それがショックで、しかし同時にどうしてこの人は私のつらさを共有してくれないのに、同じく他人の問題を共有しない私を責めるのかと苛立ったのを覚えている。

 

一般的な人間というものに正解はないから、いくら模倣しても解は得られないまま精神がすり減っていく。自分を見失い、変化するのだ。

主体性のない、あやふやで曖昧な存在へと。

 

新しい精神科を見つけて、薬が増量されて、会社をたまに休んで、人間に心配されたり注意をうけたりしながら日々を曖昧に過ごして、面接に落ちて、これからどうすればいいのかわからなくなって、つらくなって、それでも生活は終わらずにぐるぐるぐるぐる回り続ける。え?まだ続くんですか?という気持ち。

選ばれないことは死ぬこと。

何者にもなれないつらさを抱えながら承認と愛情に飢え、死なないための薬をもらい続けながら生きている。そんな惨めな自身に価値を見いだせない。

 

私は意志が弱いから、眠るように死んでいく薬があったらきっと飲むだろう。

その薬が普通にドラッグストアで売られるようになった世界で、どれだけの人間が眠りから覚めなくなるのか興味がある。

それを見るためなら生きていたいと思う。

そして人類が減った世界を眺めたあと、私も薬を飲み、眠りにつくだろう。

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