環境の変化を嫌う

いつもと変わらない日々を過ごすことを安定だと勘違いしている。ゾンビのように仕事へ行くことは安定ではない。

最近はその偽物の安定もバランスを欠いてきた。遅刻もするし欠勤もしている。どうにかして真人間のフリをし続けなくては。捨てられてしまわないように無遅刻無欠勤を目指さなければならない。非常につらい。

毎日を消費するのに精いっぱいで、家事と労働と、あとはぼんやりとインターネットを眺めて一日が終わってしまい、徐々に自分が空っぽになっていくように思う。

このままの生活スタイルで空っぽにならないようにするにはスキルの身に付くお仕事(好きな分野だとなおよい)に転職するしかないのだけど、環境を変えることはとても気力のいることだから求人情報すら見ない。ニャンである。

人間も面接もこわいし履歴書を用意するのは実に面倒なことなのだ。

私のやりたいことは経験や知識がいることなのでまずはお勉強をしてからでないと応募できないなあと逃げながらただ毎日を過ごしている。未経験者歓迎!を信用していない。あれは未経験者を取って食うための言葉だ。

お勉強なんてこれっぽっちも進んでいないことは自明である。

 

死なないように生きているだけで、生きるために生きていない。

そんな生き方だといつかほんとうに死ぬしかなくなるのではと思いつつも生活を変えられないでいる。

もともと死にたかったせいか、そう簡単に生きることに前向きになれない。

では何故無理に生きているのか?と考えるとじゃあ死ぬかとなるので考えないようにしている。考えないようにしてまで生きる意味とは?ということも考えないほうがいい。

時々躁のような私がやってきて生活を整えようとはするけれどうまくいかない。始めないと結果は出ないのに。

わかっているのにできないのは、結局のところきちんと理解できていないからだろうか。きっとどうにもできなくなってから後悔する。

 

この文章は全部言い訳を書いているだけだと思ってさらにつらくなる。

それでも、他力本願のどうしようもない奴だと思われてもいいから、はやく救われたい。もう私は私を救える気がしません。

でも、救世主は私の存在を認知していないのでは? 

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生存戦略

きっと何者にもなれないお前たちに告げる!ピングドラムを手に入れるのだ!

これはただのセリフではなく、生存していくにはほんとうにピングドラムを手に入れる必要があるのではないかと思うようになりました。

 

今日はカレーに似たものを作りました(ビーフシチューのルーが使われないままずっと残っていたからというだけですが)。

ビーフシチューってよくわからない食べ物だなあと思います。

ホワイトシチューにビーフを入れてもそれはビーフシチューではないのか?

ごはんにホワイトシチューをかけることを否定する人間はビーフシチューをごはんにかけることも否定するのか?

今まで生きてきてビーフシチューを食べたと認識した記憶がありません。いや、喫茶店で食べたことがあるような気もするが、ドミグラスソースの記憶のような気もする。

脳内でビーフシチューを想像したときに、横にパンがあるのでおそらくパンで食べるのが正解なのだろうと思いますがごはんで食べました。

私はホワイトシチューもごはんで食べられます。昔は食べなかったんですけど、そういう文化があると知り食べてみたら特に問題ありませんでした。

パンは買ってこないとないけれど、お米は基本的にいつでもあるのでそっちのほうが便利です。

他にはハヤシライスもよくわかんないけど、給食にはごはんと一緒に出てきたし"ライス"って言ってるしごはんが正解なのだろうなあ(じゃあビーフシチューもごはんでよくない?)。

 

結局三連休すべて出かけることになり、休んだ気がするようなしないような……という感じになってしまいました。

でも今日はゆっくり眠れたのでよかったです。

 

これについて書こうかと思っていたのですが、せっかくの三連休最終日にそんなつらい話をしなくてもいいか……とやめました。でもそのせいでどんな文章にしようとしていたか忘れかけててニャン。

 

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人間がたくさんいる場所で食事をすると緊張する

生きづらさ目録と化したこのブログ、にゃんですね。

金曜のお昼は社食にしようと前々から決めていたのですが、昼休憩20分前あたりから異様に緊張し始め、モニタの端の時計をちらちらと確認しながら心臓をばくばくさせていました。深呼吸をしても効果はなかったです。

世の中には「会食恐怖症」というものがあったなと考えていたら休憩時間になりました。

ひとによっては何をそんなに恐れているのかと不思議に思われるでしょう。

まず、私が苦手なのは食事を手に入れるまでの動作。

これは社食慣れしていないがためにおこるつらさですね。スマートにやらなければ、という気負いからくるものです。何も食べないか、もしくはお弁当(またはカップ麺)だったので食堂にはまだ数回しか行ったことがないのです。

前の人をお手本にしながらぎこちない動作で何とか定食を手に入れました。

そしてトレイに乗った食事をテーブルまで運ぶ動作(どうでもいいけど森博嗣読者だと”トレィ”って書きたくなりません?)。

この動作がとても苦手で、だから自分は飲食で働けないなと思うくらいです。両手で持ってもこわいのに飲食店員みたいにふたつ運ぶとか、複数運ぶとか無理だよ……。

何事もなく席につき、いざ食事といくわけですが周りのざわざわとした雰囲気に気が散ってごはんの味がよくわかりませんでした。

選んだご飯も別に好物というわけでもなく、空腹を満たす作業のように感じます。

自分の意思が反映されない食事というもの自体はそんなに苦に思いません。給食好きだったし。

しかし、どうも食事が苦手っぽい。

緊張で手が震えるからいつもよりお箸がうまく使えなくなるし……(ごはんを食べるのは好きなんだけども)。

特に人が大勢いる場所で、かつ、ひとりで食事を摂るという状況が苦手なんだなと実感しました。

誰かと食べているときはその「誰か 対 私」になるのでマシですがひとりで食べると「その他大勢 対 私」になるので、キャパオーバーになります。

まあ、食事しながら会話をするのが苦手なので(黙々と食べてしまう)誰かと食事をするとまたべつの問題が出てくるのですが……。

食堂を出て休憩スペースに向かいながら、何だか夢でも見ていたようだなあと思っていました。緊張すると現実感がうしなわれてしまう。

 

さて、今日は土曜日です。

三連休一日目!!

休日って最低でも三日あるべきだと思うんですよ。

一日目はまだ体が休日に慣れていないからたくさん寝てしまったりして、何か用事があっても無駄に休日を消費してしまいがちです。残念。ほんとうはここでやるべきこと、行くべきところを制覇したい。

二日目には用事を済ませます。行きたいところがあれば行きましょう。

そして三日目、二日目で疲れたので家から出ません。出ても近所まで。はやくおうちに帰りましょう。

これが理想的では?

お休みが二日しかない場合、土曜に失敗すると取り返しがつかなくなるんですよ。

土曜の失敗を日曜で取り戻そうとすると疲れたまま月曜日を迎えてしまいます。

週休三日にしてくれ~。もちろん完全に!

できれば週に三日くらいしか働きたくないです。

 

今日はお買い物のために夕方から出かけたのですが、人々のしあわせを目撃し続けたのでつらくかなしくさみしくなりました。終わり。

(ここ最近元気になったり鬱々としたりを繰り返している?)

怒鳴り声が苦手すぎる

まあ、得意な人というのもあまりいないと思いますが……。

 

一昨日、昨日と怒鳴る人に出会ってニャンでした。やはり外は危険だ。

怒鳴り声を聞くと心臓がばくばくして、やわらかく言うならば「排除しなければならない」という気持ちになります。

鳴り止まない目覚まし時計を止めるには壊すか、電池をとってしまうかしないといけないように、人間も怒鳴り声を出せない状態にするしかないというわけです。

けれど実行すると今度は私が社会から排除されてしまうので結局は我慢するしかなく、非常につらくきびしい。

生きづらさのひとつです(煩悩のように生きづらさも除夜の鐘で消してほしい)。

あまり人間のことに詳しくないので、果たしてこの凶暴性は適切なものだろうかと考えることがあります。もし適切でないのなら、調整することにより生きやすさを獲得できるかもしれない。

と、いうことを昨日書こうと思っていたのですが労働のつらさに負けてご飯を食べずに寝ました。

ごはんを食べないと時間が増える。大発見です。

インスタントみそ汁と納豆があるのでもう少しがんばったらまともな食事が摂れるのですが、ご飯を炊く気力を手に入れることができませんでした。

ひきこもっていた頃は常にみそ汁を作っていたくらいなのに今ではご飯を炊くのも面倒……退化だ。

しかしインスタントみそ汁はすごいです。お湯を注ぐだけでご飯とご飯のお供という食事でも少しマシになります。単に汁物が好きなのですが。

ほんとうは毎日おいしい定食を食べたいし一汁三菜が理想だけれどフルタイム労働を始めてからどんどん食事が雑になっていて、でも時間も自由もなく食事も楽しまないのならますます生きる意味が失われてしまうのでは?

 

皆さん、ごはんはしっかり食べましょう(私はごはんを提供してくれるわけでもないのに「ごはんはちゃんと食べないとだめだよ」と忠告されるのが好きではないですが)。

 

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日々、息継ぎがうまくできない

長く泳ぐためには、息継ぎをしないといけない。

小学生のときは泳ぐのが好きだったのに、高校生になって初めて泳いだら息継ぎがへたになっていた。

息継ぎに失敗して苦しいのに、足をつけることは許されず、もがくようにして決まった距離を泳がねばならない。 

次の日が平日なのに夜更かしをするのは息継ぎの失敗だし、休日しっかり休めないのも失敗。そもそも休日が二日しかないことが失敗かもしれず。

もしかしたら他の人はエラ呼吸ができるのかもしれないけれど、私はできないので何とか息継ぎをやっていくしかないのです。それがとてもつらい。

 

昨日は金曜だからといって夜更かししないで(それでもいつもよりは遅かったけれど)早く眠って、今日は午前中に目が覚めた。

午前中はよかったのだけど午後になるにつれて土曜日が消費されていくのがつらくて、ずっとぼんやりしながら用事を済ませた。

用事を済ませたあとも街をふらふらして、本屋にも行った。

死んだ人間みたいな顔で電車に乗った。

精神がだめになっているときに外出するのはよくないのではという気持ちになったけれど、他に誰も私をやってくれない。

二日じゃ足りない。一か月も二か月も、一年も二年も自由でないと、もうだめになってしまうという気持ちになる。

そうでないと普通の人間を保てない。

けれどそういうわけにはいかないので何とかごまかして次の息継ぎのタイミングを待つしかない。

ほんとうに生きていけるのだろうか、こうやって必死に取り繕っても少しばかり寿命を延ばすだけで、数年後の私は死んでしまっているのでは?

 

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定時退社は脳にいい

定時退社!どこにも寄らずに帰宅!まだ空が明るい!

朝かな?と思いました。

定時退社、しかもまだ外が明るいとなるとなかなかすがすがしい気持ちになりますね。

人間たちは定時退社すべきです。

 

世の中には人間を集めて教育を施す場所があるのだけども、ある頃、まだ暗い早朝に家を出て、日の落ちたあとに帰宅していたらてきめんに精神がだめになっていったことがあります。

睡眠時間が短いだとか、様々なストレスだとかいろいろ要因はあるけども、日光に当たらなすぎるのもニャンですね。

カーテンを閉めっぱなしにしているのも精神をだめにしやすいです(これはメンタルをニャンしている者たちにある程度共通するのではないかと思っています)。

カーテン開けるの面倒だし眩しいのでいやだったりするかもしれませんが日中はレースカーテンだけにするのおすすめです。

 

ロウドウシャたちはオフィスにいると日光なんて当たらないし、どんどん定時退社をして精神をよくしていきましょう。

週3労働、定時退社で30万円もらうのが私の夢です。でも欲を言えば不労所得のほうがいいです。もしくは家から出ずに何らかの手段で労働を。

いや、やはり働きたくない。ニャオー。

 

今日は早く帰ってきたので洗濯機をまわして、昨日むりむりにゃんで放置した洗い物をしてご飯を炊いて、なんと!お風呂を溜められるんです。

最近疲れがひどいのでお湯につかって何とかしたいです。体力がない。

家事をするには定時退社でないとつらいと思うのだけど、残業マンたちはどうしているのだろう……。

 

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枕を濡らして三千里

昨日は泣いてから眠りました。

ずっと昔は泣くのを我慢し続けた結果うまく泣けなくなっていたのですが、本格的にウツをビョウしてから泣きやすくなったように感じます。

自分のつらい気持ちを言葉にしようとすると途端に泣きたくなって、それは多分、いままで我慢して忘れようとしていたつらさを認識してしまうからなのではと考えていました。

でも、泣くのは好きじゃないです。鼻が詰まるので嫌です。鼻風邪も嫌。

息ができなくなると死ぬのに、何故鼻が詰まるのか。

泣いていると怒られたり、泣くことが悪いことだという雰囲気も好きではなかったですね。

そういう経験があるからこそ余計につらい気がする。こんな精神にしたお前たちを一生恨むからな。

確かに泣いても何も解決しないということは往々にしてあるかもしれませんが、別に泣くのを我慢しても何も解決しないし、泣かずに行動しろということなら泣いた後行動してもそんなに変わりはなさそう(むしろ我慢してため込むより泣いた方がすっきりするはず)なので非常にニャンだと思われます。

 

今日もがんばって働きました。

絶対に熱がある……しかも疲れたときにでる微熱などではなく、しっかりとした熱が出ている気がする……とそわそわしながらPCの前に座り続けました。帰りたかった。

会社には多分体温計がないので(熱が出たと言って早退した人もいたし、あるような気もする)実際にどのくらい熱があったのかは謎です。

ちなみに、さっきはかってみたら微熱でした。

最近、熱を測るときは大体37度を超えているような気がします。労働が体に良くない証拠だ。

熱があってもなくても何か月も休みたい……。

 

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