あなたには僕が見えるか

アンノウン・マザーグース

頭の中で曲が流れていて、何だっけと歌詞を検索窓に打ち込んだ。

 

今日は世界に嘘があふれる日。

世界ごと嘘になってしまえばとっても楽しいのでは?

壁に手をつくとするりと通り抜ける。だって嘘だから。

空に翳した手のひらが、そのまま空の色へと染まっていく。

嘘の日には、桜の下に生者が埋まっている。

 

Twitterに時折流れる人間たちのエイプリルフールネタを見ていたら、何でもないようなことまで冗談に思えた。

私は何の冗談も用意できないまま、それを眺めている。

 

三月中にもっとブログを書くつもりでいたのだけれど、頭の中で更新してしまって意味をなさなかった。

月始めは、何かを始めるのにうってつけの日だ。仕切り直し、仕切り直し。

仕切り直しすぎて、私の人生は細切れになってしまったけれども。

 

この数日、外に出る機会が多くて桜をたくさん見た。

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ひとの狭間

他の人間は一体何を考えて日々を過ごしているのだろう。そういうことばかり考えて生きている。

自我を通して見た世界はどれひとつ同じものはなくて、皆それぞれ別の世界を見ている。

私たちは同じ世界に生きていない。

誰とも共有できないことを私は寂しいと思うけれど、あなたはそれに安心しているだろうか。

さびしさを集めて、言葉を与えることができたなら私の自我を表すことができるだろうか。

 

イシャに「この2週間の間で“悲しい”と思った日がどれだけあったか。一日中悲しいと感じるか」と訊かれて、私は果たして“悲しい”のだろうか?と考える。

毎日、私はどんな気持ちでいるだろう。

何らかの刺激には反応を返す。刺激によっては、悲しさは途切れる。それでも自身の気持ちを振り返ってみたとき無味乾燥な印象を受けるが、この文章のようなウエットな気持ちも確かにあるのだ。

質問に答える私と、悲しさを担当する私はうまくつながっていないように思う。

その概念を伝えるとき、人間は不思議そうな顔をする。ひとは互いの世界を共有できずに、類似の仮想世界を創り上げて、自己が理解できるものへと変換していく。

けれど変換に失敗しているような気がしてならない。

それは類似ではありませんよ。あなたには重要ではないこととして処理されたようですが、ここの青が私には重要なのです。あなたの秋の空のような青ではなく、深い海の、ほんのりと光を通した青なのです。それではもう甚だしく解離してしまっているのです。

そういうふうに、どんどん食い違っていく。

私はそれを“悲しい”と感じるだろう。

目の前に人間がいると、私はオートモードになってしまって後から後から伝えられなかった、変換に失敗した感情があふれてきて、どうしようもなくなる。

けれど、きっと私の正確な気持ちを把握することは求めていないでしょう。

だから私は曖昧な答えを返す。曖昧で、基準に沿った答え。

ご飯が喉を通らないほど悲しいわけではないとか、そういう誰が決めたのかわからない悲しさのイメージとすり合わせて答えていく。

 

孤独なことを悲しいと感じる。

私はこの孤独を解消することは非常に難しくて、ほぼ不可能なのではないかと感じていて、益々つらい。

人間を辞めて神様になりたい。そういうことを祈っている。

 

 

 

 

屑箱

リゾットを食べて布団へ体を横たえる。そのままずぶずぶと沈んでいくような錯覚。

さっきまでは空腹であることに煩わしさを感じていたのに、今では満腹であることへ煩わしさを感じている。

死んでいるように生きていて今日が何日で自分は何者でこの世界は何であるかすべてのことを投げ出して、ただ空白だけが積みあがっていく。

新しく行った病院で、自身の年齢を間違えた。

今までの病歴、来歴をぼんやりとしか語ることができなかった。

結局のところ、私は周りに寄生して他人の幸福を侵食して生命を維持している死にぞこないである。

 それがとてつもなく嫌になって、けれど自身を処分することは許されていない。

ニャンであるなあ(時間を置いたら何を書こうとしていたのか忘れたのでこれで終わり)。

 

猫は吠えねえ

今日は月に吠えらんねえを買うためにアニメイトへ。

月吠、周りで読んでる人間をなかなか見かけないのでおすすめしたい。読んでくれ。アフタヌーン公式サイトで一話読めるよ。

 

昨日も病院へ行くために外出したし、今週の外出率がすごい。でも昨日はせっかくの(?)猫の日だったのに大して猫の日らしいことせずに通院だけというのは味気なかったかなと今更ながら思う。ネコ氏においしい缶詰でも買って帰ったらよかったかな。

なんというか奇跡的に落書きでネコ少女は描いていたのですが、落書きだし猫の日意識して描いたわけでもなく何だかなあという気持ちです。お納めください。

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何かのときに付属(購入か?覚えていない)してきたけど全然使っていないタブレットがあるというので借りていじっていたときの絵。

タブレットで線画から描くの難しくないですかと常々感じる。あと、なんかいかにもペイントソフトで描きましたみたいな絵になるのを避けられるようになりたい。ネコ神絵師におれはなるぞ。

 

今日はミラノ風ドリアを食べるぞ!という強い気持ちを胸にランチタイムにサイゼリヤへ行ったらランチセットがたいへんお得で、しかもハンバーグがとてもおいしそうで、いやでもミラノ風ドリア頼まないと絶対に後悔するだろうなと思ってランチセットもミラノ風ドリアも食べました。

昨日ご飯食べてなくて、しかも眠っていなくて非常に空腹で判断能力が低下していたのです。

さすがに量が多かった。まだこの時間になってもお腹空いてません。

それほどたくさん食べても1000円ほどなのでサイゼはすごい。個人的に、ミラノ風ドリアに青豆の温サラダをかけて食べるの好きです。

青豆の温サラダを頼むだけで青豆も半熟卵も加えることができるんですよ!

メニューにあるミラノ風ドリア+半熟卵トッピングよりもお得感ある気がするのは気のせいか。

青豆の温サラダ、普段こんなに青豆食べることないなあと思うとちょっとおもしろい。

あと、今日はさすがに満腹すぎて食べられませんでしたがサイゼに行ったら必ずプリンを食べたいですね。あのプリンはたいへんよいものです。

 

ところで、今週のお題「ねこ」なんですなあ。猫の日には遅れてしまったけどこっちならセーフですね。

最近のネコ氏情報でやけに人気だったのはこれです。

フィギュアスケートはリアルタイムでチェックしていたのですが羽生くんの演技が神様へ捧げる舞のようでたいへんよかった。あと宇野くんの演技とコメントのときのギャップがすごいなと。

フクショク・キャンセル

先週の私「来週はちゃんと会社へ行って復職しよう」

今週の私「無理です」

昨夜は眠りもせず、ずっと唸りながら労働のことを考えていたのですが、もう無理無理ニャン。

「死!死よ!」という気持ちに囚われていたのでサイレース1シートを飲んで強制シャットダウン。

一生に一度しかない死だ。そして、人間は高いところから落ちると死ぬ。

せっかくだからあいきゃんふらーいとでもしゃれこもうと考えていたのだけども、高層マンションにはオートロックがあるなあと気づき「ちょっと訊きたいんだけどさ、お前のマンションって何階まであるっけ?」なんて質問をしたあとに、私がマンションを事故物件に変えてしまうというのも忍びない。

 

しばらく眠った後、会社からの電話で目が覚めて、記憶があやふやなのでよく覚えていないけれど(社会のみなさん申し訳ございません)もう精神的に無理ですということを伝えたような気がする。

そうしたら、退職となりました。

お金もないし、せめて一か月は我慢してみてから決めようと思っていたのだが、どうしたものかな。

けれど、ほっとしている自分もいる。あの、労働前の謎の苦しさから逃れられるのである。

「逃げは甘え」なのか「戦略的撤退」なのかどちらだろう。

強制シャットダウンするまでは、どうか私を痛めつけてくれ、自傷をしたい、暴れまわって死にたいと考えていたけれど、目を覚ました私はチョコレートが食べたくなって食べている。

自身を雑に扱うのなら何も食べずにいるべきではないだろうか。

どうして生きているのだろうか。

 

 

 

消えてしまいそうな夜

明日の朝、私はもう世界にいないような気がしている。

それは馬鹿げた妄想で、私の願望からくる錯覚なのだろうけれども本当だったらどんなにいいだろうか。

かみさまにこの体をかえしてしまいたい。

消えてしまいたいのに消えられないジレンマが破壊衝動を生んで、包丁を体に突き立ててみたくなったり自傷してみたくなったり何かをめちゃくちゃにしてみたくなったりする。

けれども私は簡単に包丁が体に刺さらないことも急に体が消えることもないことを知っている。それがまた苦しい。

 

復職するはずなのに、無理無理にゃんになって復職できないでいる。

この精神の不安定さは復職へのストレスだろうか、しかしちょっとばかし我慢して通勤してしまえばお給料がもらえるのだしそんなにつらいものではないはずである。殴られたり蹴られたりするわけではない。

けれども、家で殴られたり蹴られたりしながら精神を死なせていくほうが楽かもしれないとも思う。

今朝、通勤さえすれば、身支度をして靴を履いて歩いて電車に乗って歩いて会社に入って自席に座れば、あとは勝手に進んでいく。それなのにどうして欠勤しているのか、出勤すればほしいものを買うことだってできるのに……とぐるぐる考えていた。

どうして働けないのだろう?そもそも何を悩んでいるのだろう。出社するだけだ。朝起きて、出社するだけなのに何を苦しんでいるのだろう。

消えてしまいたい。もう何も悩みたくない。

でも何をする気力もないのでこの体が勝手に消えたりしない限り私は死ぬことはない。

ただ、脳内で留めておくにはつらいので文章にして吐き出しております。

この文章を残して自殺するなどの後味の悪い結果にはならないのでご安心ください。

 

どうでもいい話

何となくキーボードをカタカタやりたい気分である。

最近はずっと縦になる気になれなくて横になったままPCでTRPG(主にクトゥルフ)動画を観ながらスマフォでとうらぶをやりつつ、たまにTwitterを覗く、というのが定番だ。

とうらぶをインストールしたのは二回目。以前は確かポケットが配信された当初に何となくで始めて、しばらく放置したのちに機種変更によりデータロスト(特に残念な気持ちはなかった)。

ちなみに、データロストしたものは多々あったが、元々飽きっぽい性質でしばらくログインしないとそのまま離れてしまうタイプだったのでさほど問題ではない。

FGOだけは、最初っからプレイするの怠いしもしもやりたくなったらどうしようかなあと思う。

 

再度とうらぶを選んだのは何がきっかけだったのだろう。多分、暇でスマフォゲーでもしようかなと思ってインストールしたのだったと思う。

作業しながらでもできるし……もっと何か確定的なきっかけがあったような気がするが思い出せない。

始めてみると知らない刀剣がやけに増えていて時間の流れを感じた。

昔所持していた刀剣は大体入手できたと思われるが、未だに小狐丸がいない。小狐丸難民になるとは思っていなかった。

あとは長谷部入手が思っていたよりも遅くてちょっと意外だったのを覚えている。まあ、使い勝手が良いのですぐに不在時の遅れを取り戻してカンストし、修行にも行くことができました。

推しキャラなので構わないと言えば構わないのだけど、打刀の極ってイマイチ使いどころが……。レベルも上げづらいのでニャオである。

そんなこんなで宗三も極めたかったが修行道具の数との兼ね合いで短刀勢の修行を優先。

昔プレイしていた頃は特別な感情は抱いていなかったが、今では宗三のあの性格がわりと好きである。

普段、人間が苦手だとか言っているくせに、厄介な、どこか人間臭い刀剣を好いているような気がする。

個人的に、神様としての面が強いのは三日月宗近だと思う。実際に相手にするなら彼こそ、一番厄介な存在である。

余談ですが、脇差からは青江が修行に行きました。防御してくれるのありがたいですね。レベルによって防御率あがったりしないのかな。

 

前はとうらぶにハマって刀剣を見に行くということにあまりピンときていなかったのですが(そもそもそこまでの思い入れがなかったように思う)彼らは刀の付喪神なのだから、刀剣を見に行く=会いに行くともとれるのかあと感慨深さを覚えました。

金比羅参りや伊勢参りと似たようなものでしょうか。

お遍路さんはさすがに少し違いますね。

 

これは以前Twitterでも言っておりましたが、積極的に外出をしない私にとって遠方へ行く必要のある趣味があるなんて、とてもいいなあと羨ましく思います。

私の中には旅行という概念があまりないように感じられ、また習慣もない。

羨ましいと思うなら行けばいいのではとも、しかし概念が存在していないのだからそう簡単に実行できるようなものではないとも思うわけです。

箱入りネコの弊害である。

 

だらだらしたりリゾットを作っているうちに通院の時間が迫ってきた。

実に面倒。外出を心の底から楽しみに、待ちわびていられたのはいつの話だっただろう。